大判例

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東京地方裁判所 平成元年(ワ)2058号 判決 1991年3月29日

原告

有限会社ミヤウチ紙工

右代表者代表取締役

宮内保夫

原告

橋本隆一

右両名訴訟代理人弁護士

榎本武光

城崎雅彦

鳴尾節夫

田中英雄

被告

有限会社万安樓

右代表者代表取締役

鈴木仙吉

右訴訟代理人弁護士

梶谷剛

大川康平

武田裕二

和智洋子

主文

一  被告と原告有限会社ミヤウチ紙工との間で、同原告が被告から賃借している別紙物件目録一記載の土地の賃料は、昭和六三年三月一日以降一か月金三万八二五五円であることを確認する。

二  被告と原告橋本隆一との間で、同原告が被告から賃借している別紙物件目録二記載の土地の賃料は、昭和六三年四月一日以降一か月金二万一六六五円であることを確認する。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一請求

一被告と原告有限会社ミヤウチ紙工との間で、同原告が被告から賃借している別紙物件目録一記載の土地の賃料は、昭和六三年三月一日以降一か月金三万五七二八円であることを確認する。

二被告と原告橋本隆一との間で、同原告が被告から賃借している別紙物件目録二記載の土地の賃料は、昭和六三年四月一日以降一か月金二万〇九二一円であることを確認する。

第二事案の概要

本件は、借地契約に規定されている賃料改定特約に基づく地主(被告)の賃料増額請求が著しく高額に過ぎるとして、土地賃借人たる原告らが右改定特約は事情の変更により失効したと主張し、あるいは右改定特約が失効したと言えないとしても右改定特約に基づく賃料増額は事情の変更により相当でなくなったと主張して、賃料減額の請求をしている事案である。

一原告らと被告間の借地契約の締結

1  原告有限会社ミヤウチ紙工(以下「原告ミヤウチ」という。)と被告との借地契約(以下「本件借地契約一」という。)

原告ミヤウチ(旧商号は有限会社宮内綴加工所)は昭和四三年四月三〇日、被告(合併前の商号は鈴木保善株式会社)から別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地一」という。)を次の約定で賃借した(当事者間に争いがない。)。

期間 昭和四三年四月三〇日から二〇年間

目的 建物所有

賃料 月額四八九〇円(坪当たり金一八〇円)

支払方法 毎年二月末日及び八月末日に六か月分を被告に持参して前払する。

2  原告橋本隆一(以下「原告橋本」という。)と被告との借地契約(以下「本件借地契約二」という。)

(一) 原告橋本は昭和五八年三月三日、被告から別紙物件目録二記載の土地(以下「本件土地二」という。)のうち42.18平方メートルを次の約定で賃借した(<証拠>)。

期間 昭和五八年三月三日から二〇年間

目的 建物所有

賃料 月額一万二九三八円(坪当たり金一〇一四円)

支払方法 毎月末日限り翌月分を被告に持参して支払う。

(二) 同年一二月一三日、右借地契約の目的土地は本件土地二の土地全体(47.30平方メートル)にまで拡張され、同時に賃料も月額一万五九六九円(坪当たり金一一一六円)に変更された(<証拠>)。

二賃料改定特約(当事者間に争いがない。)

1  本件借地契約一には、本件土地一の路線価(相続税課税基準価格)を基準とし、これが増減した場合には、その増減の割合と同一の割合をもって当然に増減するものとする趣旨の特約が存する(以下「本件改定特約一」という。)。

2  本件借地契約二には、本件土地二の昭和五七年度の固定資産税及び都市計画税、または同評価額、もしくは路線価のうち最も増加率の高いものを基準とし、その額の増加率に応じ、当然に増額するものとする旨の特約が存する(以下「本件改定特約二」という。)。

三賃料改定の推移

1  本件借地契約一の賃料(月額、坪当たり)は本件改定特約一の特約に基づき次のとおり改定され(いずれも該当期間は三月一日から翌年二月末日まで)、原告ミヤウチは右改定賃料額を異議なく支払ってきた(<証拠>)。

昭和五三年 金六〇〇円

昭和五四年 金六六〇円

昭和五五年 金七二六円

昭和五七年 金七九九円

昭和五八年 金八七九円

昭和五九年 金九〇八円

昭和六〇年 金九九八円

昭和六一年 金一〇九五円

昭和六二年 金一三一五円

2  本件借地契約二の賃料(月額、坪当たり)は本件改定特約二の特約に基づき次のとおり改定され(いずれも該当期間は四月一日から翌年三月末日まで)、原告橋本は右改定賃料額を異議なく支払ってきた(<証拠>)。

昭和五八年 金一一一六円

昭和五九年 金一一五二円

昭和六〇年 金一二六八円

昭和六一年 金一三三五円

昭和六二年 金一四六二円

四本件土地一、二の各路線価の上昇の推移は次のとおりであった(<証拠>)。

1  本件土地一について(坪当たり)

借地契約時 金一二万二〇〇〇円

昭和六三年 金一七八万二〇〇〇円

平成元年 金三一三万五〇〇〇円

平成二年 金四一五万八〇〇〇円

2  本件土地二について(坪当たり)

借地契約時 金六二万七〇〇〇円

昭和六三年 金一七八万二〇〇〇円

平成元年 金三五六万四〇〇〇円

平成二年 金四七五万二〇〇〇円

五被告は、右路線価の上昇にしたがい、本件改定特約一、二に基づいて本件借地契約一、二の賃料は次のとおり増額したと主張している。

1  本件借地契約一の賃料

昭和六三年三月一日以降平成元年二月末日まで

月額 金七万一四二九円(坪当たり金二六二九円)

平成元年三月一日以降平成二年二月末日まで

月額 金一二万五六六一円(坪当たり金四六二五円)

平成二年三月一日以降

月額 金一六万六六六〇円(坪当たり金六一三四円)

2  本件借地契約二の賃料

昭和六三年四月一日以降平成元年三月末日まで

月額 金四万一二二七円(坪当たり金二八八一円)

平成元年四月一日以降平成二年三月末日まで

月額 金八万二四六八円(坪当たり金五七六三円)

平成二年四月一日以降

月額 金一〇万九九七二円(坪当たり金七六八五円)

六これに対して、原告らは、本件改定特約一、二は昭和六三年一月一日の時点で事情の変更により失効したと主張し、あるいは右特約が失効していないとしても、被告の主張する改定賃料額が事情の変更により相当でなくなったとして、本件借地契約一の賃料は一か月三万五七二八円に、本件借地契約二の賃料は一か月二万〇九二一円に減額されるべきであると主張する。

七争点

本件の争点は、昭和六三年以降の本件改定特約一、二の効力及び本件借地契約一の昭和六三年三月一日以降の月額賃料額並びに同契約二の昭和六三年四月一日以降の月額賃料額はいくらかである。

第三争点に対する判断

一本件改定特約一、二の存在及びその内容並びに本件土地一、二の路線価の上昇は前記認定のとおりであり、これによると昭和六三年度の本件借地契約一、二の賃料は、被告の主張するとおり、本件土地一については月額二六二九円(坪当たり)、本件土地二については月額二八八一円と前年度と比較して大幅に上昇することになる(前年度のほぼ倍額に相当)。

そこで、原告らは、昭和六三年一月一日の時点においては、路線価を基準にした右改定特約により算出される賃料が著しく高額になっており、右特約の内容が合理性を欠いた不当なものになったから、右改定特約の効力は既に失効したと主張するので判断する。

二一般に、契約期間が長期に及ぶ借地契約においては、契約当初に合意された賃料額が社会状況や経済状況の変化に伴って不相当になる場合が多々あり、その都度発生しうる賃料改定を廻る契約当事者間の争いをさけるために、一定の基準に従い賃料改定を機械的な算定方法にかからせることは、それ自体に合理性が認められるところ、本件改定特約一、二のように路線価(本件借地契約二についても、最も上昇率の高い路線価だけが現実には基準となる。)を基準として、これに連動させる賃料改定方法は、路線価自体が客観性のあること、土地賃料が土地の使用・収益の対価であるから、土地の地価が適正な地代を決定するうえで重要な要素と認められること等を考慮すれば、十分その合理性が認められるところである。また、現実にも原告らは、昭和六二年までは被告からの賃料増額請求に対し、異議なく応じて被告の請求どおりの賃料を支払っていたものである。

三しかしながら、昭和六一年以降全国的に土地価格が上昇し、とりわけ東京都区内におけるその傾向が著しかったことが認められ(公知の事実)、それにともなって本件土地一、二の路線価も昭和六一年以降上昇傾向を示し、昭和六三年以降著しく上昇したことが認められる(前記当事者間に争いのない事実、<証拠>)。

右の点を本件借地契約一、二の賃料額に照応させてみると、本件借地契約一については、前記認定のとおり、昭和五三年から昭和六一年までの七年間で賃料が1.82倍になったに過ぎず(年平均では一〇パーセント程度の上昇)、昭和六一年から昭和六二年にかけての賃料増額率についても二〇パーセントにとどまっていたところ、昭和六三年以降の路線価を基準として本件改定特約一により算定した賃料額によると、賃料増額率は、昭和六三年には前年比で(以下同じ)99.9パーセント、平成元年には75.9パーセント、平成二年には32.6パーセントもの著しい上昇を示している。また、本件借地契約二についても、昭和五八年から昭和六二年までの間の賃料増額率は年一〇パーセント以内にとどまっていたのに対し、昭和六三年以降の路線価を基準として本件改定特約二により算定した賃料額によると、その賃料増額率は、昭和六三年には97.0パーセント、平成元年には100.0パーセント、平成二年には33.3パーセントもの著しい上昇を示している。

また、被告が本件改定特約一、二を借地契約に盛り込んだのは、他に賃貸している土地が多数あり、一人一人の借地人と賃料値上げ交渉をするのが煩わしいので客観的基準を定める必要のあったこと、賃料は土地利用の対価であるとの考えのもとに路線価に比例させることにしたものであることが認められ(証人鈴木武)、右によれば、被告としても路線価が借地契約締結当時の上昇率と著しく異ならない程度で安定して推移するとの前提のもとに右各特約を設けたものと解することができ、今般のように異常な地価高騰を見通して右特約をしたものとまでは認められない。したがって、今般のような著しい地価高騰という異常な状況の下においては、もはや本件改定特約一、二については、それを締結するに際して基礎となっていた事情が失われたものというべきである。そうすると、右のような事情のもとにおいて、路線価の上昇率に応じて賃料改定を自動的に算定することを内容とする本件改定特約一、二につき、なおこれを本件借地契約一、二に適用して賃料増額の基準として拘束性を維持することは、本件借地契約一、二を締結した当時の原告らの合理的意思に合致せず、信義衡平の原則に反するものというべきである。右によれば、本件改定特約一、二は昭和六三年以降の賃料増額にあたっては、もはやこれを適用することは許されないものと解するのが相当である。

四以上のように、本件改定特約一、二に基づく賃料増額請求が認められないとすると、本件借地契約一の昭和六三年三月一日以降の改定賃料額及び本件借地契約二の昭和六三年四月一日以降の改定賃料額の各算定については、前記認定のように被告と原告ら間において最後に賃料改定の合意がなされた昭和六二年度の賃料額を基準とした適正継続賃料をもってその改定賃料額と認めるのが妥当である。

そして、<証拠>によれば、昭和六二年における賃料改定を有効とした場合における本件借地契約一における昭和六三年三月一日時点の適正賃料額は月額金三万八二五五円であり、本件借地契約二における昭和六三年四月一日時点の適正賃料額は月額金二万一六五五円であると認められ、他に右認定に反する証拠はない。

なお、被告は本件借地契約一については平成元年三月一日以降及び平成二年三月一日以降の賃料増額を、本件借地契約二についても平成元年四月一日以降及び平成二年四月一日以降の賃料増額を主張しているが、右に算定した本件借地契約一における昭和六三年三月一日時点の適正賃料額及び本件借地契約二における昭和六三年四月一日時点の適正賃料額が、その後被告主張のように上昇したことを認めるに足る証拠はない。

五以上によれば、原告らの請求は、本件借地契約一における昭和六三年三月一日以降の賃料額が月額金三万八二五五円であり、本件借地契約二における昭和六三年四月一日以降の賃料額が月額金二万一六五五円であることの確認を求める限度で理由がある。

(裁判官小林崇)

別紙物件目録及び図面(一)(二)<省略>

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